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源氏物語千年紀

 今年は源氏物語成立から1000年にあたる千年紀とされ、さまざまな記念行事や出版が企画されています。昨日は読売新聞の社説にこのことが取り上げられていました。源氏物語の成立や来歴に関しては諸説がありますが、紫式部日記の記述から今年をその年とするようです。54帖に及ぶ長編小説である源氏物語は、通読する人が少ない作品とも言われます。「須磨」のあたりでギブアップする須磨がえりは伝統的な読者像であり、この作品の奥深さを示すものでもあります。
 白状しますと、私も実は現代語訳でしか通読したことはありません。それでもずいぶん苦労して読みました。平安朝の貴族文学は、その当時の歴史的背景や人生観価値観が分からないと理解しきれない部分があり、それが読解を妨げるのでしょう。ただ、単なる恋愛ドラマに終わらない複雑な人間模様は、現代の文学の原点といってもいいものであり、読むたびにさまざまな発見がある作品といえます。
 古典作品はさまざまな時代の荒波にさらされ、それに耐え抜いてきたことに価値があります。ここ数年を例にとっても古典文学に対する価値観は大きな変化がありました。たとえば、好景気後に続いた不況の時代に、全国の大学の文学部の多数が縮小されたり、再編成されたりしました。すでに「文学」の名さえ失ってしまった大学も数多くあります。虚学である文学研究の人気がなくなり、何らかの実利的なイメージを持つ学部名にしなければ学生が集まらないというのが改名の理由だったと思います。
 不景気の急降下が終わって、小康状態がみえた今日(統計上は好景気ということですが)、再び古典文学を読む余裕が人々に生まれたのでしょうか。昨年以来、定年を迎えたいわゆる団塊の世代の先輩方も、退職後の教養として古典文学に注目する方が多くいらっしゃるようです。古典を軽視し、自らの文化を考える余裕のない民族に未来はないと私などは思います。今回の源氏物語千年紀はその意味で古典を見直す「お祭り」として楽しむべきではないでしょうか。