はてなの毎日

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成人その後

 新成人の皆さんおめでとうございます。二十歳をもって成人というのはあくまで法律上の話であり、法とは多くの人を律するために便宜的に作られたものである以上、本来根拠があるものではありません。よく言われているように二十歳でもまるで子供のように他に依存している人もいれば、何年も前から立派に自分の生き方を実践している人もいます。生物学的にも、社会学的にも二十歳に絶対的な境目がある訳ではないのです。

 それでも我々はたとえそれが人為的なものであったとしても、境界というものを設けることによって人生にあやをつけていきます。メリハリと言った方がいいでしょうか。実際はただつながっているだけの連続する時間の流れが、これがあることによって意味を持ち出すのです。成人を迎える皆さんは今日を機に自分の生き方とか者の考え方を考えなおすことになると思います。それこそが成人の日の唯一絶対の意味なのです。

 翻って己のことを考えるとはるか昔のことになります。私は新成人となった頃は都心部に住んでいました。折しも経済のバブル期が醸成しつつある時期で、地価を吊りあげるいわゆる地上げのため、都心部に土地を住む人たちが居を郊外に移し始めていました。おかげで中学の同窓生の大半は校区外に転出して寂しい状態になっていたのです。私の通った高校は別の区にあったので成人式の会場は別でした。そこで会場までは一人で出かけることになったのですが、会場で出会った同級生はわずかに二人だけでした。

 式典で区長の話(であったと思います)とアトラクションとしてゲスト出演した杏里の歌を数曲聞いて、帰り道には二人の同級生となぜかラーメン屋に行き、少しだけ話したことを覚えています。その頃はやりたいことは漠然とあっても何から手を付けていいのか分からず、何かを述べようと思っても知識が足りず経験もなく中途半端で歯がゆい思いをしていました。同級生もそうだったらしく、つまらないことでちょっとした議論をして別れた記憶があります。

 今から思えば、成人式を終えた頃から私は今の職に結果的につながる準備をしたことになります。その後もいろいろな失敗があり、揺れ動いた毎日であったのですが、やはり節目になったのはその頃ではないかと思うのです。よく、今の新成人は幼い、式典をやる意味がないと言われますが、おそらく幼稚な人にこそ子ども時代との決別を思い知らされる儀式が必要なのでしょう。

 大人としての生活は居心地が悪く、辛く苦しく、しかも面白いものであるはず。楽しみましょう。

今週のお題「おとな」

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