はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

ある廃業

 恥ずかしながら私は床屋に行くのが苦手です。床屋にあたってもらうこと自体は極めて快適に思うのですが、問題は扉を開けるまでのことです。どうも思い切りが付かず逡巡してしまうのです。最近は駅にカットだけの格安の床屋もありますが、あれこそ思い切れません。カミソリを入れずに終わって仕上がるのだろうか。次の客のことばかり考えて髪を切っているのではないかなど、余計なことまで考えてしまうのです。

 そんなわけで、私は床屋の新規開拓をめったにしません。行った所に通い続けることになります。過去の経緯で「行きつけ」の床屋が2軒あるのですが、一番よく行くところは生活圏からどういうわけか外れているため休日でないと行けません。もう1軒は通勤路線の途中駅の駅裏にある小さな理髪店で、老夫婦が交替であたってくれる店でした。待合椅子の前の週刊誌や成人漫画、年季の入った道具類や、背景にかかるAMラジオの音など、私にとってはなつかしい昭和の風景が展開されている場所でした。

 昨日、覚悟を決めてその店に散髪に赴いたのですが、どうも様子がおかしい。例の赤と青の回転するサインはなく、不動産会社の名前の入ったステッカーが降ろされたシャッターに貼られています。近づいてみるとその横に手書きの文字で、長年の愛顧を感謝する、主人の健康上の都合で廃業した、と手短に書かれているではないですか。

 この前ここに来たのは半年前くらいだったと思います。そういえばその時、主人は他の客にあたりながら、健康についての話題をしていたことを思い出しました。かなり饒舌な方でしたが、何も喋らない私の髪を切るときは無言で対応してくれました。

 切り方は初めは大胆で、でも仕上げは結構丁寧にやってくれました。理容師の労働の性格上、健康問題はなによりも重要なことなのでしょう。ご主人のご回復と、第二の人生の幸せを心より祈ります。私にとっては「行きつけ」の店を一つ失ったことが大きい。また、うろうろ、どきどきの馬鹿らしい時間が始まります。