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はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

予定調和的な作文

 生徒に作文を書かせると、差し障りの無いありきたりの結末にして済ませるものが多数提出されます。例えば小説の感想では、〜に感動した。私もこのように生きたい(そのようにならないようにしたい)といった教訓としてまとめるのがその典型です。小説は決して人生の教訓譚ではないはずなのですが、このスタイルが非常に多いのです。

 それはおそらく生徒のせいだけではありません。生徒がこのような作文を書くのは、このスタイルが一定の評価をされるからです。むしろ褒められたことが多かったのではないでしょうか。

 もちろん、小説の読みとして人生訓として扱うということがあっても構わないのです。そういう読みが自主的にできるのならそれは評価されるべきです。しかし、どうもそうではないらしい。教訓的な結末にするとほとんどの文章はできてしまうことが一番の原因です。どんな文章でも人生戒にはなりますので、それに当てはめれば結論をどうするか悩まずに済むのです。これでは作文を通して思考を深めることができません。

 破綻してもいいから自分なりの結論を考えさせること。時間をかけて書きなおさせることが、作文の指導には欠かせない気がしています。

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