はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

言葉以前

  失語症の研究に取り組んでいる人の文章を読んでいて、考えさせられたことがあります。私たちが何かを話そうとする際にまず生まれるのはどういうことなのだろうかということです。
  言葉になる以前は何があるのか。感覚器で捉えた刺激はそのままでは意味を持てない。言葉に置き換えることによって分節化し、ようやく意味を持つのでしょう。では、意味を持つ前に何があるのでしょうか。
  もしもその答えが、例えば電気信号なようなものだとしたら、私たちの本質は刺激と反応の構造体ということになるのですが、どうもそう考えるのは気分が悪い。もっと神秘的なものであってほしいと考えてしまうのです。
  言葉を持ったことが人類のユニークな特徴なのです。他の動物とも地続きのはずの人類に特別扱いはできない。でもやはり、刺激に還元はしたくないのです。