はてなの毎日

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言葉とスポーツ

 心と身体という時、それぞれを別のものとして考えていることになります。精神と肉体ということもあります。それらの底流にあるのは、脳などの指令する心が、心臓などが働いて動かす身体を動かしているという考え方です。

 ところが、よく考えてみるとそう簡単なものではないらしい。身体がつくりだす動きの中からある考えを持ったり、思っているとは違う動きを身体がしたりする体験を私たちは日常的に感じています。実は心と身体は混然としたものであり、それらの違いはどこに関心の焦点を合わせるかの違いといっても過言ではありません。

 それでも、私たちはある方法で身体の動きを掌握し、制御しようと試みます。その方法が言葉によるものなのです。

 一流のスポーツ選手は自分の競技について豊富な言葉を持っています。高次元に複雑な動きを求められるスポーツでは身体の動きをより細かく言語化する必要があるようです。それは必ずしも万人に理解できるような言語ではないかもしれませんが、少なくとも当事者には識別できる違いを持っています。また団体競技の場合はその言葉はチームで共有されています。サッカーでは選手同士のコミュニケーションが大切だとされますが、それが言葉を介して行われているのは紛れもない事実です。いわゆる言語の種類が違う外国人同士であっても、スポーツで用いる言語が統一されていることが国際チームが勝利する条件と聞きます。

 言葉の力を鍛えることはそのまま競技の技能の向上に結びつくというのは、多くの指導者の言からも明らかです。私は言葉を教える立場にありますが、こういう事実を踏まえて教育の現場に立つべきだと考えています。

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