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授業中心主義

 日本の教員の仕事はやるべき範囲が広すぎます。自分の専門とする教科の指導に加えて、生徒の生活面を指導すること、学校運営上の事務的な仕事、委員会活動の指導、放課後の部活動の指導、保護者への対応などがあります。そのほかにも様々な単発的な仕事があります。それを同時にこなさなくてはならないのです。これではすべてが薄くなってしまいます。

 現在教育の世界では大きな改革がなされています。特に授業の質的改革は国レベルで進められているプロジェクトです。そしてこれを成功させるためには教員の学習指導方法の改革が欠かせません。綿密な授業研究が必要なのです。そのためには授業に専念できる環境を作らなくてはならない。

 ICT導入によって個人の教員の指導力を補うという意見もあります。完成されたプログラムがすでに用意されていて、それをやらせればいいのだという意見です。教員はプログラムのスイッチを入れたり消したりするだけの作業をすればいいということになります。極端な話のようですが、教員はティーチャーからファシリテーターになると述べている人の話の中にはこうした未来が見え隠れしています。

 現場にいる教員としてこの考え方には疑問を感じます。どんなに優れた教育機器があったとしても、そこに対面的な場面がなければ教育効果は極めて限定的です。よくも悪しくも私たちは対面している人の影響を受けるわけであり、それが社会の実態です。スイッチを入れるだけの「教員」はもはや生徒にとっては透明に近い存在でしょう。

 迂路にはまり込みましたが、私は教員は教科指導に専念すべきだと思っています。もちろん、実際には教育的効果をあげるために生徒の生活を改善したり、悩みを聞いたりする必要もあります。しかし、そうした生活面精神面の指導を専門とする部署があればより効果的な指導ができる。また事務的な面も多忙のあまりに効率化できていない点を踏まえて専門家にもっと委託していい。教育事務職はもっと評価されていい職業です。部活動などは地域のクラブとの連携を深めて教員の仕事からは外すべきだと考えています。もちろん教員自体がクラブ活動に入りたい場合はそれを認めればよい。放課後に片手間にやるのはやめた方がいいと思っています。

 とはいえ、今の職業体系では私は教科指導だけに専念しますとはなかなか言えないしできない。せめてそのほかの仕事を効率化すること、簡素にすること、そして若い教員仕事を少しだけ肩代わりして彼らの授業研究の時間を確保させること…といったことが年配教員の私ができるささやかな改革です。

 非常に中途半端ながら来年度は授業中心主義で臨みたいと今のところは考えています。

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