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全力という幻想

 全力疾走とか全力投球とか、全力という言葉がつく言葉には潔さや健気さのニュアンスがあります。私も個人的に好きな言葉です。そうありたいと思う理想です。

 しかし、屁理屈をいうなら全力はありや得ない。もしそこで全力を尽くしたならば、その人は動けなくなるし、生命の危機すらある。全力を尽くしましたと語ること自体が尽くしていないことの証だと考えられるのです。

 これがあくまで屁理屈であることは誰が考えても明らかでしょう。ここでいう全力は筋肉とか精神力とかのそれぞれここの数値的分量ではなく、それらが組み合わされて生成される何かのはずです。だから全力を尽くしても歩いて家に帰れるのです。

 さて、この意味での全力を尽くすことが最近自他ともに感じることが少ない気がします。効果的に無駄なくという理想が全力という美意識を阻害していることが大きな要因なのかもしれません。失敗してもやり直せるという安心感のなさがそうさせている可能性もあります。全力で取り組んだ人への正当な評価ができる社会の仕組みがほしいと考えています。

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