いつかのあの日
かつて住んでいた町に訪れると不思議な錯覚を覚えることがあります。それは過去の自分がその町に取り残されているのではないかという幻想です。
実に馬鹿げた空想を私が思い浮かべるのは、町に刻み込まれた思い出のようなものが突如立ち上がるからなのかもしれません。そこでであった過去の自分は現在の自分を一瞥して微笑むのです。
私はなぜか微笑みを返せない。あれから起きた様々な出来事が束になって記憶の器から飛び出すのです。ようやく取り繕って相手を見ようとするとなぜかもう姿が見えないのです。
私がこの町で体験した些細なエピソードがあたかも今のすべての源流にあるかのように思えたときに幻想は一旦途切れるのです。