画面を通して
画面を通して授業をする機会が増えました。そのためにやらなくてはならないことがいくつかあります。一つには声と文字だけで伝える技能の向上です。身振り手振り、その場の空気といった伝達手段が封じられている中でどのように伝えるのか。それが今後の研究課題です。
何もできぬまま
何もできないまま8月が終わりそうです。毎日はそれなりに頑張っているつもりですが、遅々たる進歩です。自己嫌悪のモードに入らないようにさまざまな欺瞞をしているのですが、それにも限界がありそうです。
むだ
むだをなくそうなどと考えるのは止めたいです。すべてがむだではないはずですから。私たちは慌てすぎです。
今の位置
現在地が分からなくなっているような気がします。世の中自粛ばかりで相対的関係がはかりにくくなっていることもその原因かもしれません。
知っている知られている
ネットワークがさまざまな情報を結びつけています。この中でどれだけ情報が共有されているのかわからなくなりつつあります。わたしのことはどれだけ知られているのか、ということも気になることの一つです。有名なとか、名誉などではなく、種々の個人情報が漏れているのではないかという心配は尽きることがありません。考えているほどではないが、考える以上に深刻というのが真実なのかも。