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『10年後の日本』の10年後

 昨日、本棚から『10年後の日本』(文春新書)が出てきました。『日本の論点』編集部編で発行が2005年11月です。ということは間もなくその10年後がやってくることになります。
 この本に書かれているのは多岐にわたりますが、それぞれの項目において予測が示されているのが興味深い。その中には当たっていることと当たっていないことがあります。たとえば「老朽化するインフラ」では人口減少が確実であるにもかかわらず拡張し続けるインフラと維持管理の問題点が指摘されています。2012年12月に起きた中央自動車道、笹子トンネルの天井崩落事故や今年4月の山手線の架線倒壊事故はその象徴といえます。高度経済成長期に造られたインフラが耐用年数を迎え、ダウンサイジングの社会のなかでのメンテナンスが課題になっているのは事実です。
 消費税二ケタ化は当たりませんでした。8%という何とも中途半端な数値で留まっています。ただ、財源不足は依然として解消されておらず国家としての赤字も膨らんでいます。本書には10年後は消費税が15%になっているだろうとの予測が書かれていますが、実際はそのくらいまで上げてもおかしくない状況にあるようです。
 団塊世代の退職がもたらす影響も本書ではいくつか挙げられています。専門職や技術者が不足するだろうという予測はその一つです。私の仕事の関係でいえば教員の不足もその一つです。教員のような熟練を要求される職業では人材確保は長期的に行われなくてはならないはずであるのに、少子化が教育界には逆風であるという風聞に加え過酷な労働環境がこの職業の魅力を著しく低めています。結果、教師を目指す人材は減り、指導力の低下などの悪影響が出ているのです。
 製造業などでの匠の技も断絶の危機があると言います。ベテラン社員を効率化のために解雇してきたつけが今になって出ているのかも知れません。代替できない要素を軽視し過ぎているのです。文科省が掲げるイノベーション教育は新しい産業創出の能力の育成という意味もあるのですが、実は技能断絶の危機感の裏返しのようにも感じます。
 高齢化社会の予測は残念ながらほとんどが的中しています。老人ホームが不足の状況になっていくなかで、高額な入居料をともなう高級老人ホームが生まれるという予測はその通りになっています。
 児童虐待の件数が増えるというのも、出生率が上がらないというのも残念ながら当たっているのではないでしょうか。こういう予測は当初読んだ時以上に、その時になってみるとより衝撃が強いものです。
 30年以内に首都圏直撃の大地震が70%の確率で起きるという記事もあります。2011年3月の東日本大震災に関わる「予言」はありませんが、東海地震に関する予測の中で浜岡原発のことが挙げられ、M8程度以上の地震が予想される地域で稼働している世界唯一の原発だと述べられています。そして災害発生時の対策が無策であることを問題視しているのです。まさか福島第一原発の事故が起きるとは10年前には誰もが予測していませんでした。
 経済問題については日本の経済破綻の危機や、中国経済のバブル崩壊などは現時点では当たっていなくても将来の可能性としては捨てきれないものです。政治問題では南北朝鮮統一の動きの加速や中国共産党崩壊の可能性などが触れられていますがこれらは今のところ外れています。
 以上10年前に書かれた『10年後の日本』を読み直してみると、わずか10年後のことでも私たちは正確に言い当てられないということを改めて感じるのです。自分自身のことを考えてみても10年前、今のような自分になっていることは予想できていなかったし、10年後はどうなっているのかについては本当にどうなるか分からない。それがこの世の現実ということを改めて思い知らされるのです。