三社参り
父が健在の頃、初詣は三社参りでなくてはとよく言っていました。三つの神社を詣でることをいいました。その根拠としてカメラの三脚をイメージしながら三つの神様にお願いすると安定するのだとよく言っていました。
Wikipediaを見るとこれは全国に分布する民間信仰であるようで、父が子供時代を過ごした福岡県では特に顕著なのだそうです。それまでは父の独創というか思い込みと思っていましたがどうも地域の民俗を受け継いでいたようなのです。果たして根拠が三点支持による安定性かどうかは分かりません。多神教の国ならではの参拝形態であることは確かです。
かつて渋谷区に住んでいたころの三社参りは明治神宮と東郷神社それに産土の神の隠田神社でした。明治天皇と東郷平八郎という近代の実在人物が神格化された神をまつる神社と由来不明の土地神様との組み合わせは何とも不思議ですが、歩いて行ける三つの神社をめぐると父はこれで今年は大丈夫だと必ず言ったことを思い出します。日本一の参拝客の明治神宮と勝守りをもとめる受験生が集まる東郷神社の混雑、それにくらべてのんびりとしている隠田神社の境内という全く雰囲気の違う社をめぐることも正月の年中行事でした。
いまは一社参るのも億劫に感じてしまう為体。幸せは歩いてこない、だから歩いていくんだよ。