はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

見ているものしか見ていない

 私たちは自分で見たり聞いたりしたことが経験のすべてだと考えています。そうではないと分かっていてもやはりそう考えてしまいます。

 何かに集中しているときは余計そうですが、私たちは視野が狭くなります。物理的な可視範囲が狭くはならなくても話は変わりません。周囲をレーダーのようなもので常時監視していても見えないものは見えない。見えていても気づかないのです。

 気づかない中で私たちは何を見て感じているのか。それは結局、見たいもの知りたいものしか感知出来ないということになります。ここでいう「たい」は本人の意志ではなく、関係性の問題です。自分に関係の深いものしか感知出来ない。それが私たちの宿命のようなものなのかもしれません。