折り合い
我々が見ている風景が人によって異なるということはいろいろな経験から察することができます。この世界をどう見るのか。それはきわめて個人的な営みです。
ならば、すべての人がまったく別の世界に生きているのかと言えば、そのようなことはありません。人間は他社との関わりの中でしか生きていけない宿命を持っています。孤独な人もいるといっても、その孤独という言葉こそが集団性が前提である証拠です。そもそも自分以外の人と通じ合える言葉を使っていることが人としての性格を形成しているのです。
人々の気持ちを合わせたいとか、理解しあいたいなどと考えるとき、私たちは話し合いをします。それでもなかなかわかり会えないときには、わかり会えないという事実を確認しています。自分の考えること。思うことは相手にとっても真ではないと思い知るのです。そこから折り合いをつけるという手段に入ります。
折り合いをつけて集団を守ることは人類進化の途中で獲得してきた能力の一つなのでしょう。ただ未成熟らしく、しばしば破綻します。この力を磨くことこそ生き残りの戦術としてはかなりの重大事項なのでしょう。