はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

教科書に載っている古典(4) 沙石集「猿、恩を知ること」

 今からそれほど昔ではない時代の話だ。伊豆の国のある所の地頭はその時若者であった。狩りをしたついでに猿を一匹生け捕りにして、家の柱に縛り付けておいた。その時は尼君となっていた地頭の母親は慈悲深い人であったので、「ああかわいそうに、どんなにか心細いことであろうよ。あの縄を解いて山へ逃がしておやり」といったのだが、家臣や若い家来たちは主人の考えを察して恐れ解放しないままでいた。尼君は「それならば私が解いてやろう」といって、縄を解いて山へ逃がした。

 これは春のことであったのだが、夏、苺が旬の時にこの猿が隙をうかがって、苺を柏の葉に包んで尼君に渡しに来た。尼君はあまりに感激し、愛おしく思って、布の袋に大豆を入れて猿にもっていかせた。

 その後、栗の季節になると、猿は先日の布袋に栗を入れて、隙をついてまた持ってきた。今回は、母親は猿を捕えておいて、息子の地頭を呼んで、事の次第を語って、「子々孫々まで、この場所では猿を殺させないと神に誓う証文を書きなさい。そうしなれば母子の縁を切ります」とすごい勢いで誓いの文章を書いたので、息子の地頭は、証文を書いて、その結果、現在に至るまで当地では猿を殺さないということを、ある人が私に語ったのだ。それがどこかは書かないでおく。

 人として恩を知らないものは、本当に畜生にもよほど劣る。近頃は父母を殺し、師匠を殺す者がいると、伺っている。切ない濁り汚れた末世の定めなのであろう。