はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

教科書に載っている古典(7) 人面桃花

 博陵出身の崔護は、姿や資質はとても美しいものがあるが、孤独で清潔な生きざまのため大衆に迎合することがほとんどなかった。科挙の受験者として推薦されたが落第してしまった。先祖の墓参をする清明節の日、一人で都の南の地に赴くと人家にたどり着いた。小さな屋敷であって、花木が群がって生え、ひっそりとして人がいないかのようであった。護はしばらくその門を叩いてみた。

 すると一人の娘が門の隙間から覗いているのが見えた。そして、

「どなたですか」

と尋ねてくる。そこで護は名を名のり、

「春の陽気に誘われて一人歩き、酒を飲んで喉が渇いてしまいました。水をいただけませんか」

と言うと、娘は門を開き、用意した腰掛に座るよう促し、盃に水を汲んで持ってきた。そして小さな桃の木の斜めになった枝にもたれかかりたたずんだ。その目は護に対して思いを寄せるかのような気配が十分に見て取れた。娘のあでやかでなまめかしい姿はしなやかであふれるような美しさがあった。

 護は言葉をかけて気を引こうとしたが娘は応じることがなかった。二人はしばらくの間じっと見つめ合った。護がいとまごいをすると、娘は門まで見送り、募る思いに耐えかねるかのように家に入っていった。護も振り返りながらも帰途に就いた。その後、まったく再会することはなかった。

 翌年の清明節の日になり、このことを思い出した崔護は気持ちを抑えることができなくなった。すぐに彼女の家に赴いて門を叩いた。門や垣根は以前のままであったが、鍵がかかっていた。そこで、左の扉に次のような詩を書きつけた。

 

 それは去年の今日のこと、この門の中で

 貴女の笑顔と桃の花は照り映えて紅(あか)

 その笑顔はいまどこに行ってしまったのか

 桃の花は元のままに咲いている、春風の中

 

 数日後、護がたまたま都の南に至り、娘の家を訪ねるとその中から泣き声が聞こえてくる。そこで護は門を叩いて訳を尋ねた。老いた父親が出てきて言うには、

「あなた様は崔護様ではありませんか」

「その通りですが」

父親は泣きながら、

「あなたは私の娘を殺したのです」

と言うので、護は驚いてその意味がよく分からなかった。老いた父親は、

「私の娘は成人(15歳ほど)して書物も読めましたが、まだ誰にも嫁がずにいました。それが昨年以来、いつもぼんやりとして何かを失ってしまったかのようでした。最近、娘と出かけ帰宅するや、左の扉に字が書いてあるのを読みました。家に入ると病みつき、とうとう食を断つこと数日、ついに死んでしまったのです。私は老いぼれです。一人娘が嫁がなかった訳は立派な夫を求めて、私を託そうとしたのです。娘はいま不幸にも死んでしまいました。あなたが娘を殺したのではないなどといえるでしょうか。」

と言って、またとりわけ大声で泣くのだった。護もまた深く心を動かし、頼み込んで屋敷に入り、悲しみの涙を流すと、娘はいまだ整然として寝床に横たわっていた。護は彼女の首を抱き上げて自分の膝を枕にさせ、死者に呼び掛けるのだった。

「私はここにいるよ。私はここに来たのだよ」

しばらくして娘は目を開き、半日もすると蘇ったのだった。父親は大変喜んで娘を護に嫁がせたのである。

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桃の花

용한 배によるPixabayからの画像