はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

コンビニのイートイン

 最近できたコンビニエンスストアは食事ができるスペースを持っているところが多くあります。買った食べ物をその場で食べるということもかつては少々抵抗がありましたが、今は時々利用しています。ごみを持ち帰らなくていいことが私にとっての大きなメリットです。

 買い物だけしてすぐに出ていくのがコンビニのイメージでしたが、最近は少し滞在することもあるようになってきたのです。コンビニの店員のどこか人間離れしたマニュアル化がもう少しなくなれば、もっと居心地の良い場所になるのですが。

 昔からあった喫茶店とか、少し長いをしても気兼ねがしない店がどんどんなくなっていく都会の中にあって、コンビニがその役割を果たそうとしているといえます。本当はもう少し落ち着いた場所が欲しいと思いながら、紙カップに注がれたコーヒーを飲んだりしているのです。

夏至過ぎて

 昨日は夏至でした。写真は6時40分ごろの空ですがまだ十分に明るい。7時を過ぎても明るさが残っていました。

 我が国にとっては夏至は梅雨のただなかでその実感はなかなかわかない。本当にまぶしく暑いのは一か月後のことです。でも、その時はすでに昼の長さが減り始めているのだということに気が付きません。

 かつては夏というというと万物の生命の躍動する季節のように漠然と思ったものでしたが、今はもう少し冷静になっています。ただその夏に負けないように目標を見失わないようにと思うばかりなのです。

礼節を知る国民

 FIFAワールドカップでの日本代表の勝利は大方の予想を裏切るものであったため、さまざまな形で報道されました。試合そのもの以外の話題もいろいろあるようです。観戦したサポーターが帰り際にゴミ拾いをしたというニュースは今回も海外メディアの賛辞に加えて報じられました。マナーを知る国民だとの評価です。

 同じ日に報じられたのは渋谷駅ハチ公前交差点での大騒ぎです。これも毎回ニュースになることですが、今年はこの混乱の中で痴漢行為が続出したというネットニュースがありました。信憑性について検証する術はありませんが事実ならば、ゴミ拾いをする民族と手放しに自賛することは誤りであるといえます。

 日本に暮らすものであればこうした両面性は直感的に納得がいく現象です。それなのにことさら礼節の民であるかのように論じたり、逆に破廉恥さをあげつらったりするのは、本質から目を反らしているとしかいえません。メディアリテラシーの必要性を改めて感じたのでした。

梅雨の洗うもの

 朝からまとまった雨が降っています。今日は一日雨模様。強くはなくても確実にすべてを濡らす雨です。

 電車の窓を流れる樹木に降りそそぐ雨は、その新芽を天上に差し出しています。他とは違う色の緑を雨にうたせてその輝きを増しているのです。

 雨は万物の命を支える源であると改めて感じたのでした。

直下型

 昨日、大阪北部を中心に起きた地震は近くの内部で起きた直下型地震といいます。マグニチュードの数字以上に大きな被害が出たのはまたに震源の浅さに由来するもので、震源が近いために緊急地震速報もほとんど効果を発揮できませんでした。YouTubeに投稿された震災発生時のビデオを見ると、揺れ始めとほぼ同じ時間に携帯電話等から「地震です」という警報が鳴りだしていて、避難する時間はなかったようです。

 このような地震が発生する可能性は日本の各地にあり、特殊なケースとは言えないというのが恐ろしいところです。揺れ始めたらどう行動するのかを今一度確認しておいた方がよいと思いました。

テレフォンレスト

 電話を保留状態にしておく時に音楽が鳴るのは、最近の電話には当たり前の機能です。しかし、職場の電話にはその機能がなく、保留音がないため電話の前で話している声が丸聞こえになっていました。そこで、昨日古道具類を売る店に立ち寄り、保留時に受話器を掛けるとオルゴールがなるテレフォンレストを探し出し購入しました。

 イッツスモールワールドが流れるオルゴールはそれだけでも楽しいものですが、電話の受話器を置くたびにそれが流れるのが面白い。お待たせする人にも喜んでいただければいいのですが。

余裕をつくらなくては

 仕事に追われているうちに空き時間の使い方を忘れてしまいそうになっています。せっかく時間が空いたのに結局何もせずに過ごすことが多いのです。もちろん積極的に何もしないということができれば、それはそれで意味があることです。ところが、何もしないでいながら、そのことを悔やんでいるようでは結局どっちつかずのことになってしまう。

 今の私にはやるべきことが山積しているというのに、それがうまくできていない。そういう時間を送っているということに焦りながらも何もできないというジレンマに陥っています。

 ものすごく俯瞰的に考えていまはそういう時期であり、これを通り越してこそ何か実りある時間が訪れるのだと思うように努力しているところです。