はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

次の社会

 民主主義という制度に限界がきているという意見があります。自己利益のために社会を動かそうとする考え方に問題が生じているからです。

 とはいえ、自己の幸福のために人は動くものであり、それ以外を目的とすることは難しい。というより無理があります。他人のために貢献することが大切だとされますが、これも奉仕という行動から得られる自己実現の感覚が動機になっていることは確かです。

 すると次の社会はいかにあるべきなのか。それに対応する人々の意識革命はあるのか。そんなことを考えたくなります。

 民主主義という考えが生まれた時、人々には個人という概念も生まれています。私たちはムラの一員であるとともに、私一人でも成り立つ人間であると理解しました。

 次の社会はあるいはこの逆の過程をとるのかもしれません。個々の人権は意識しながらも共同体の全体像を考えて行動する人が圧倒的に増える。それも地球全体のバランスを意識して行動する人です。

 このような意識革命が起きるにはまだいくつもの葛藤があるでしょう。ただ、そうならざるを得ない状況が来て一挙に変わっていく。そんな気がします。

 次の社会がどうなるのか。恐らく私の寿命ではその結果はわかりません。ただ、考えてみたいのです。

使い捨てカミソリ

 最近、使い捨て剃刀を使っています。グリップもしっかりしている5枚刃の製品で500円程度です。意外と耐久性があり私の場合は一本で3~4週間もちます。すると替え刃式のものを買う必要がないのです。使い捨てというにはよくできている製品です。かつては旅行用という位置づけでしたが、製品のクオリティの高さをかって今では普段使いになっています。毎日使うものですので、値段と性能を見定めるといまのところはこれがいいと思っているのです。

 

 

今週のお題今年買ってよかったもの

信用というコスト

 最近、日本企業が信用性を喪失させるような案件が多数発生しています。理由はたくさんあります。中には基準そのものが高く、他国ではそもそも取りざたされないような項目であるとの指摘もあります。いずれにしても、日本製の製品がそのブランドをたもつためには信用性がカギになることは確かです。価格競争では勝ち目はないのが現状ではよいものを提供し続けるしかありません。

 信用性を確保するためにはコストがかかります。一流の技術者を雇用し続けることはそれだけで大きな投資になります。社員の士気を保ち高めるためにも何らかの工夫が要ります。それにまた金がかかることもあります。それらが製品価格に上乗せされるわけですから日本製は高くならざるを得ません。

 高ければ売れない、売れないからコストダウンをする。すると日本製のアドバンテージが損なわれる。それがいまの状況なのかもしれません。私には現状を打破する方策が思い浮かびません。ただいえるのは経済学的な考え方だけでは戦えないということです。物を作り売ることに対する情熱や、よいものを目先の価格にとらわれずに見抜く消費者の選択眼のようなものを育てることが必要でしょう。精神論だといわれればそれまでですが。

 消費が自分の利益だけにとどまらず、社会全体に影響を及ぼしているということももっと意識する必要があるのではないでしょうか。それは教育の大きな役割かもしれません。大局をみて行動することは実は難しい。でも、やらねばならないことです。

ショルダーベルト

 鞄の肩掛け用のベルトが壊れてしまいました。毎日、約1.3㎏のクロームブックを持ち歩いている私にとってベルトがないのはちょっと困ります。少しずつ負担をかけてきたベルトには非はありません。むしろよく耐えてくれました。

 とりあえずは替えのベルトをさがします。また次に買い換えることがあれば、より軽いパソコンを検討したいと思います。

縄張り

 個々人のパーソナルスペースには差があって、その差が様々な誤解を生じます。私はそれが狭い方だという自覚があるのですが、そういうタイプが都市生活をするのには苦労が伴います。

 私はそれを経験でうまく鈍化させて乗りきっているのかもしれません。若い人にもそれをすすめます。

手袋

 今朝は一段と冷え込んでいます。最高気温も10℃までということで、本格的な冬の始まりを感じます。大きめの有り明けの月も白々として乾いた一日の始まりです。

 この季節になると高村光太郎の詩を思い出します。厳しい季節だからこそ得られる情感も大切にしたいと思います。

 今季初めて手袋をはめて職場に向かいます。懐かしい感触です。

恩師の訃報

 中学時代の恩師が今年なくなっていたことが、奥様からの忌中はがきでわかりました。ずいぶん早いお別れです。私はそのことを今日まで知らなかったことが少々ショックでした。

 先生は国語の教師であり、私に国語の楽しさを教えていただいた方です。少々型破りではありましたがそれが今の私の教員観に少なからぬ影響を与えているのは事実です。

 ご冥福をお祈りします。