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はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

命の質

 中学生に生命倫理に関する問題を教えているのですが話を具体化する段階で私に躊躇してしまう要素があることに気づきました。はたして命の価値を相対化して捉えることが中学生にできるのか。そして、この深遠な問題に生徒を導くのは如何かということです。

 授業の展開としては生命の神聖さ(SOL)や生命の質(QOL)などの概念規定をして、脳死や臓器移植に対するさまざまな意見の存在を知ってもらった上で、現在この種の問題がどのように社会で取り上げられているのかを新聞スクラップという形で持ち寄ってもらい、グループで話しあい生命倫理を考える糸口にしようというふうに考えています。おそらく多くの生徒にとっては死は身近ではなく、不幸にして肉親の死に遭遇したとしても、その命を質という観点でとらえた可能性は少ないでしょう。

 そもそも命に対する質の存在を述べるとき、その質の評価基準はどこにあるのか。当事者がよければ何をしてもよいというのかという疑問については簡単に答えをだすことができません。命に質などあるのかという根源の疑問も実は説明が難しい。

 おそらくこの授業の到達点は何か決まった条文を覚えるというものではなさそうです。むしろ底なしの議論の入り口に生徒諸君を誘い込むことが教師の役割と言えるのかもしれません。その先には何があるのか。生徒を迷宮に誘い込むことに少々の戸惑いを感じているのです。

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