はてなの毎日

日々の思いを、思うまま

瞑想としての散髪

 私はあまり自分の外見に気を使わないので、床屋にも最小限にしかいきません。どうしようもなく伸びすぎてしまった時になって床屋に行きますので、事前事後で印象が大きく変わります。
 床屋は目の悪い私にとっては眼鏡を取った後には瞑想の時間になります。やることはないし、寝込んでもまずいと思うので何も考えないようにするのです。理容師と楽しい会話を交わす人もいらっしゃいますが、私にはそういう気の聞いたことができないのです。
 さて先日の床屋は我が家の近所でした。感じのいい老夫婦が交互にあたってくれるいいところです。ただちょっと剃刀が苦手らしく、眼鏡をかけてみたら、あちこちで出血していました。
 いやいやこのくらいはいいんです。たのしく(?)瞑想できましたから。