見えているものが違う
同じものを見ていてもそこから何を感じるのか、何を理解するのかは人によって違いがあります。学校ではあるものに対して同じものを見るように、感じるようにと教えますが、そこには最大公約数的なものがあって、実際はかなり違って見えるはずなのです。
その違いは日常生活の随所に表れてはいるのですが、それを無視する習慣も子供のころからおぼえこまされているために気づくことが少ない。むしろ、日常から少し離れた場面においてその差異は際立ちます。
ものの見方、考え方の集団的な傾向を文化というのなら、私たちは文化という大きなくくりと個人差という実際には確かに存在する差異との間に折り合いをつけながら毎日を過ごしているということになるのでしょう。
見えているものが違うという越えがたい事実は常に忘れてはいけない。自分と同じ風景を見ていると錯覚することが、いろいろな誤解の始まりにつながっているのです。